院長挨拶

院長からのメッセージ

弥富くまはりきゅう整骨院

代表の 熊倉和哉です。

私は地元海部郡蟹江町に生まれ
30年間地元から離れていないぐらい地元が大好きです。

学生時代~接骨院との出会い
小学生の時、6年間通知表に落ち着きがないと書かれるぐらい落ち着きのない子供でした。

中学時は3年間バスケット部を楽しみましたが、2年生の時の新人戦の前に太ももの肉離れをしてしまい悔しい思いを経験しました。

その時に近所にあった接骨院に毎日治療に通っていて、それが接骨院との初めての出会いでした。

ただ高校時は寿司屋のアルバイトに夢中になっていた為、ケガをすることもありませんでした。

運動は好きで、近所のトレーニングジムに通ったりしていたので基礎体力はそこそこ高かったと思います。

昔の自慢は学生時代50 m走の記録は5、8秒でした!!笑

アルバイトは高校生の時から7年間継続して接客の基本を学ぶことができ、今でもその経験はとても生かされております。

大学受験の失敗~ピンときた接骨院の仕事
そんな中学、高校ですが試験が苦手だった為高校受験、大学受験ともに失敗しております。

高校受験の失敗もあったので大学受験こそはと思っていたはずでしたが、志望校に合格することができませんでした。

大学受験に失敗した後、浪人も考えていましたが、当時理工学部を受験したのに機械やパソコンなど自分が全く興味ないことに気づき、自分の将来の夢・目標を真剣に考えてみました。

いろいろな職業の本などを見たり先輩たちに話しを聞きました。

そこでピンときたのが中学時通っていた、 接骨院の仕事でした。

接骨院で働く資格を取るために専門学校に4年間通い、受験で失敗経験しかない私は、初めて国家資格の試験に合格し柔道整復師の資格を取得できました。

在学中に接骨院で修行させていただき、はり師・きゅう師の資格も持っていた方がより良い治療ができると思い再度、専門学校に通いました。

無謀と言われた学生時代の接骨院開業
鍼灸学生の3年の夏休みに、津島に1店舗目の接骨院を開院しました。

周りからは無謀だとかなり止められましたが、、、、

経験も少なく勢いで整骨院を開業したので当時は思うように改善できなかった患者様もいました。

また業績もすぐには上がらず、スタッフのお給料を払うために夜間のアルバイトを探したことも何回もありました。

そこから今のままではダメだと思い毎週末日曜日は、セミナーに行き技術と知識の習得に励みました。

弥富くまはりきゅう整骨院の開院
そこで恩師に出会い、技術の進歩により施術時間を短く料金を抑えてできるようになりました。

それによって今では多くの患者様に対応することができるようになり、津島院の開業4年目でここ弥富院を開院することができました。

学生時の自分では想像することができないぐらい勉強する事の大切さに気づき、今でも月に3〜4回は、東京、大阪、名古屋と全国各地のセミナーに飛び回り、技術、知識を磨き続けております。

弥富くまはりきゅう整骨院では

今日より明日少しでもみなさんに健康になっていただく事。
お身体の不調がなく1日でも多く笑顔で居られる日を手にいただく事。
「出会った全ての人を笑顔に」

を常に思い日々精進していきます。